質問:【薩摩藩主、島津家の資料などを展示する博物館、尚古(】

薩摩藩主、島津家の資料などを展示する博物館、尚古(しょうこ)集成館(鹿児島市)の田村省三館長(61)は、こう勧告を喜んだ。
集成館は薩摩藩が幕末につくった工場群。
その跡地に今、博物館がある。
1999年の館長就任後「維新当時の人々の精神を広く伝えなければ」と世界文化遺産を目指し、登録に向けて政府がユネスコに提出した推薦書案の作成にも携わった。
十数年かけてようやく登録が見えるところまできた。
幕末の薩摩藩による蒸気機関や大砲の製造、造船などについて、田村さんは「関わった蘭学者や当時の鍛冶職人らが使命感を持ち、既存の技術と書物から得た知識を融合させ、非西洋の世界で最も早く近代化を成し遂げた。
世界でも珍しい例だ」と話す。
「郷土に誇りを持てることこそが遺産登録のメリット。
人づくり、まちづくりを始める出発点になる」と期待した。
なるほど。
薩摩から始まる訳が解かります。
今の薩摩が一番近代社会を読み取る訳が 解かります。
血が違うのですかね。

以下ベストアンサー

鹿児島藩より、もっと早く近代化を遂げたのは肥前国佐賀藩です。
幕末の佐賀藩は蘭癖、算盤大名または肥前の妖怪と言われた藩主の鍋島直正は天保期の改革を成功させ、海外からの軍事的侵略と言う危機感をペリー来航より半世紀近くも、いち早く覚知し大砲と軍艦を造る事に全力をあけ、ペリーとプチャーチンが来航した時には、すでに大砲鋳造に成功していた唯一の藩です。
ほかにも種痘の採用、蒸気機関車・蒸気船の模型試作に成功し、藩校教育と共に蘭学研究を推進し、多くの人材を育成しています。
そして直正は仲のよかった井伊直弼と対談し、海外からの侵略と防衛に備え幕府海軍設置と軍港の建設を力説。
直弼は了承しました。
これにより設置されたのが海軍養成機関である長崎海軍伝習所です。
長崎海軍伝習所へは、幕府からの派遣生40名をオーバーする48名の有能な家臣を送り、総勢の37%を占めました。
日本海軍創設の父は勝海舟と言う人がありますが、実は井伊直弼と鍋島直正です。

http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q121451614672015-05-05 13:46:29

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